東京電力福島第一発電所、処理水の海洋放出が正式決定しました。

美しい海 原子力
スポンサーリンク

福島原発処理水の海洋放出が正式決定。ご自分の意見をまとめましょう。

原子力規制委員会が東京電力福島原発、処理水の海洋放出を正式に認可いたしました。
地元首長の同意、放出設備の工事など、まだまだハードルがあり、完了までは30年以上かかると見られており、ひょっとすれば廃炉より時間がかかると言われております。

原子力発電所の運転・運営に携わってきた私から見ると、処理方法としては、この結論しかありえないと考えておりました。

新聞記事を引用いたします。

東京電力福島第一原発の海洋放出について、原子力規制委員会は、審査書を正式決定し、東電の放出計画を認可した。
計画では、来春に海洋放出を始めるとしている。ただ、放出設備の工事の着工には、地元の福島県と立地2町の事前了解が必要になる。2日に正式決定した。パブリックコメントに対して1233件の意見が届いたという。設備の耐震性の不安を訴える意見や、作業員の健康管理を懸念する意見があった。規制委は「計画は安全性に問題ない」と判断した。

原子力発電所に勤務する社員はほとんどが技術者です。
ただ一口に技術者といっても、いろいろなタイプの社員がおります。
原子力の置かれている社会的な立場を充分理解する者から、科学的エビデンス・理論を盲信するものまで、さまざまであります。

後者の技術者に言わせると、
「トリチウムは水素の同位体であり、汚染水から除去することは不可能。
毒性は低いし、身の回りにも存在する。
希釈して放出するのは、通常も行っていることであり、グローバルスタンダードでもある。海洋に放出した瞬間に拡散する。
今回は、国の基準の40分の一で、WHOの飲料水基準の7分の一に希釈して放出する。
何よりIAEAのお墨付きもある。」
以上、おしまい。だと思います。

このこと自体は正しいし、私もそう思います。
ただし技術知見、すなわちお勉強としては正しいかもしれませんが、原子力の運営という見方で言うと、やっと10年かかってスタートラインに立てたと言うことだと思います。

電力会社の技術系社員には、こういうタイプが実に多いです。
キツい言い方をしますが、勉強はできただろうが、会社ではなんの役にも立たない人。
学者にでもなっていたら良かったのにと言う感じです。
これまで50年以上、原子力は技術論以外の議論に振り回されてきたことを忘れてはいけません。

私は事務系採用なので、もう少し丁寧に解説させていただきます。

スポンサーリンク

螺髪(らほつ)

権利の関係で使用を断念しましたが、上記引用の記事には福島第一発電所の遠景写真が掲載されております。
数えきれないような処理水の保管用タンクが目を引きます。
仏様の螺旋状の頭髪をイメージしてしまいました。
螺髪(らほつ)と言うらしいです。

この螺髪は福島原発サイト内に1000個設置されているらしいです。
昨年末現在で、その約94%が満杯になっていると言うことです。
137万トンのうち、130万トンが保管されており、日々130トンづつ増加しているという状況です。
全くイメージが湧きませんね。
是非ご自身で空撮をご覧ください。

ご存知の通り福島原発は全て運転を停止していますが、溶融したデブリと呼ばれる燃料の残骸や燃料棒を常に冷却し循環するための冷却水が必要で、当然ながら高濃度汚染水となります。
また自然に流れ込む地下水や雨水などが汚染物質に触れて汚染水となります。

これらが溜まり続け、2023年には満杯になる計算となり、ようやく海洋放出の方針が確定したということです。

汚染水を海に流して大丈夫ですか。

そうです。そう思われるのは当然のことです。
10年前の事故当時、水素爆発を起こし、ヘリコプターやら梯子車で注水したり、住民の避難が必要なくらいの放射能を撒き散らした発電所です。これらの大量の汚染水は大半の放射性物資を取り除く多核種除去設備(ALPS)に通した後、タンクで保管しているとはいえ、多くの「不信感」は残ります。

そう「不信感」です。
でも「不信感」の解決方法は、国や電力会社の技術知見をお信じいただく他ありません。
トリチウムの除去だけはALPSでは不可能で、海水で希釈するしかありませんが、濃度を国の放出基準(1リットルあたり6万ベクレル)の40分の1となる同1500ベクレル未満とする。
しかも、全長約1キロの海底トンネルを設置し沖合に放出することにしました。
と言うことです。

信じられない。と言う方は多いと思います。
電力会社の企業体質や事故後の行動に大きな問題があり、信頼性を損ない続けていることは確かです。
電力会社がこれから変貌し、信じるに値する企業に生まれ変わることを信じていただくしかありません。
このことについては別の記事で触れております。
※変わりたい変われない電力会社の企業体質。このままでは周回遅れに。

本件でこれまで以上に問題となるのは、「不信感」から始まる「風評被害」です。

科学対非科学

これま50年以上、原子力は技術論以外の議論に振り回されてきた、と申し上げましたが、その一つが「風評被害」です。
数式では律しきれない非科学的被害です。
国や電力会社にとって、最も大きな課題がこれです。
私自身もこれまで何度も何度もこの言葉には悩まされ続けてきました。
勘違いや思い込みとも微妙に違う。
けれども、一次産業の比率が高い東北地方ですので、このことが立地地域の方々にとっては死活問題となります。

勘違い、思い込み

これは私の経験からお話いたします。いくつもの事例があります。

  • 原子力立地候補の村から村会議員団が視察にこられました。漁業の村なので、温排水の海への影響を調べようと地元の民宿に、漁船に乗せて欲しいと依頼されました。
    当日、船を見てびっくり。木製の船で大丈夫なのか。温排水で火事になるのではと本気で心配されました。
  • 大都市ですが、警察関係者が慰安会でお越しになりました。
    地元の方々が普通の服を着ておられたので驚かれたそうです。
    原子力発電所の周りでは、みんな放射線防護服を着て生活していると信じておられたようです。
    警察関係者です。公務員です。
  • 保守系国会議員をご案内する機会がありました。発電の仕組みをご説明したところ、「へーっ」と言う反応でした。ウラン燃料から恐ろしい放射能が出て、それがタービンにあたり発電すると思われていたそうです。
    この方は後日、科学技術庁長官まで勤められました。

みなさん吹き出しましたか?
これが現実です。もっともっとエピソードはあります。
でもこれらは、現場を見ていただき、誠実にご説明差し上げると、脳内をリセットしていただける話です。
どんなボタンを押そうと、どんなスイッチを切り替えようともどうしようもないのが次にお伝えする「風評被害」です。

風評被害

勘違いや思い込みはリセットできます。

「風評」は噂です。
発信元もわからず、発信者の意図もわかりません。
悪意まではいかないが怖い。
なら理解できますが、無意識であることも多く、発信の影響も意識していないケースが多いです。
なんか言いただけかっただけとか、善意の場合すらあります。
こう言う噂が正しいと思うから発信したい。
こう言う話を拡散しないと可哀想だから。
当事者の気持ちなんかどうでもいいようです。
特にSNSが一般的になって以降は、これがお気軽になり、制御不能となっています。

これは電力会社や原子力に限らず、かなり前の、O-157のカイワレ事件や、記憶に新しいところではネットの誹謗中傷による若者の自殺なども悲惨な例でしょう。

前述の原子力技術者にとっては切歯扼腕というところでしょう。
それで済む社員はいいですが、このことを仕事として対応すべき電力社員は大変な心身負担となります。

被害対策

「風評被害」を回避する抜本的な方法は?
ありません。

対処療法は2種類ほど考えられます。
先程引用した新聞記事の後半部分にヒントがあります。

原発処理水で全漁連全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長は25日、原子力規制委員会が22日に東京電力福島第1原発の処理水海洋放出計画を認可したことについて「全国民・漁業者の理解を得られておらず、断固反対であることはいささかも変わらない」との声明を発表した。
声明によると政府は4月、放出決定時の全漁連からの申し入れに対し、漁業継続を支援するための「超大型の基金創設」や、風評被害への全責任を国が持つなどとする回答を示していた。

まずは後半部分。
被害想定は一次産業と考えられるケースが多いため、原因者である国や電力会社が、大量に被害物産を買い上げることです。
前にも申し上げましたとおり「風評」はあくまで「噂」ですので、商品や物産に瑕疵があることはありません。
普通に消費できるのです。

次の対処療法は「何も言わないことです。」
「風評被害」を防ぎたいと思っている方でも、不用意な発言で、却って煽りに繋がっており、更にそのことにも気づいていないケースも散見されます。
この記事にあるように、漁連の幹部が「心配・反対」と口走るほど被害が広がっているかもしれません。
報道するマスコミ側は近視眼的で、明日の朝刊で注目される記事なら報道します。
被害者を救おうという意図はあまり感じません。
政府や役所は「風評被害対策」を口にしますが、「風評」という言葉だけが心に残ります。
外国から反対の声もありますが、別の意図も感じます。
ただSNSを見ると「海外からとやかく言われる筋合いはない」というコメントも多いので、ひょっとすればナショナリズムは風評を凌駕するのかもしれません。
面白いテーマです。

かくいう私の記事も、今列挙したものとレベルは全く違いますが、同じリスクがあります。
就活生の勉強だけにご利用いただけると幸いです。

最後に

福島の漁業者の努力により、復興の蝋燭の火がようやく燃え上がりました。
さまざまな立場の人間が、それぞれの思惑で発言すると、その吐息で蝋燭の火はいちいち大きく揺らめきます。
さらにSNSなどで、多くの人たちが無秩序に吐息を吹きかけると蝋燭の火は消失してしまいます。

原子力
塾長こと一村一矢

「電力会社就活塾塾長」こと一村一矢です。
電力会社のOBで、40年あまり原子力発電所を中心に勤務いたしました。
引退後は小説やコラムを書いています。電力ネタはあまり興味のあるモチーフではありませんでしたが、コロナ禍で企業や店舗がバタバタと倒れる中、電力会社への就職希望者が殺到という噂を耳にしました。 電力会社は今も安定企業なのでしょうか? 就活生のために私の知る限りの実態をお伝えいたします。